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坐禅と見性第7章☆無心にして花、蝶を招く

146 :名無しさん@3周年:04/09/18 19:37:51 ID:8ULFn0Mz
>>144
> 臨終の荒い息 は余計でしょ。
おしゃか様は、80才で大腸がんで、死亡されたと、医学的には推測されています。
生涯を通じて、灼熱のインドの大地を侍者アーナンダを伴なって伝道布教の道を歩かれました。
ご存知のように、木陰に身を横たえられて、嘆き悲しむいとこでもある侍者アーナンダに荒く苦しい息の中でも、修行を怠るなと、諭されています。
遺骸は、学者たちが、葬ってくれるだろうから、葬式には、かかわらず、修行にはげめとも、言われています。がんの激痛の中で。
> 一般に「釈尊は何を悟ったか?」ということが問題にされますが、 目覚める、というのは、何かを悟った、ということではない、といいたいのですね。 一方、釈尊は、中道を悟った、とよく言われています。
「目覚める、というのは、何かを悟った、ということではない」
では、、
1、目覚めた人、ブッダは何を目覚めたのでしょうか?
2、目覚めた人ブッダは、悟らなかったと言う事ですね?
「中道を悟った」
ブッダは、中道に、目覚めたと言う事でしょうぁ?
では、中道とは、なんでしょうか?



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