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坐禅と見性第7章☆無心にして花、蝶を招く

263 :名無しさん@3周年:04/09/23 13:23:11 ID:U5qf2HeD
禅を最近勉強し始めたばかりの初学者の素朴な疑問です。

慧能は頓悟を唱え、北宗の看心とかの修業的な要素を否定し、座禅一辺倒なるのを退け、
馬祖道一は「全体作用」を唱えて、日常生活のうちに悟りがあることをといたのであったなら、
なぜ現代の日本の禅では座禅ばかりが強調されるのでしょうか?
(自分が禅を勉強し始めるまでは禅=坐禅でしたので)
これは中国禅の流れに反してることにはならないんですか?

それと達摩から慧能までの宗史を記した研究書は多いですが、
慧能以後の中国禅を主に取り扱った書はないでしょうか?
特に宋代の禅壇についてもっと勉強したいと思ってます。

あともうひとつ(なんどもすいません)
うちの大学にはあまり禅に関する書物が収められてないんですが(鈴木大拙全集くらい)
禅および仏教に関する書籍が大量にある図書館とかはないでしょうか?

長文失礼しました。よろしくお願いします。

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